クラーク博士像ポーズの真実|羊ヶ丘と北大の違いを徹底解剖
札幌の観光写真やガイドブックで誰もが一度は目にする、右手を掲げたブロンズ像。北海道開拓のシンボルとして親しまれるウィリアム・スミス・クラーク博士の姿ですが、実は「右手を前方に掲げている立像」と「厳かな佇まいの胸像」という2つの代表的な像が札幌市内に存在することをご存じでしょうか。さらに、あの象徴的なポーズが生まれた背景には、クラーク博士本人の生前の習慣ではなく、昭和の彫刻家が込めた明確な芸術的意図が隠されています。
北海道の象徴である「少年よ、大志を抱け(Boys, be ambitious)」という名言の真意や、札幌農学校(現・北海道大学)でのわずか8か月間の滞在がなぜこれほど語り継がれているのか。本稿では、観光公害をきっかけに羊ヶ丘展望台へ立像が建立された歴史的経緯や2つの像の決定的な違い、現地を訪れる前に押さえておくべき最新アクセス情報まで、徹底的に深掘りして解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:羊ヶ丘展望台の立像が掲げる右手は「遥か彼方の永遠の真理」を指し示しており、彫刻家・坂坦道氏の創作によるポーズである。
- 要点2:札幌のクラーク像は「北海道大学の胸像(1926年)」と「さっぽろ羊ヶ丘展望台の立像(1976年)」の2大拠点で歴史的経緯も目的も異なる。
- 要点3:羊ヶ丘展望台の全身像は、北大構内への観光バス集中による「観光公害」を解決するために誕生した背景を持つ。
【右手を挙げる理由】クラーク博士像のポーズに秘められた真意と彫刻家の想い
さっぽろ羊ヶ丘展望台に立つクラーク博士像最大の特徴は、吹き抜ける風にコートの裾をなびかせながら、右手を斜め前方にまっすぐ突き出しているダイナミックなポーズです。世間では「北海道の遥かなフロンティアを指差している」「大志を抱くべき未来の方向を示している」と受け取られることが多いですが、この造形には制作者である彫刻家の深い思想が込められています。
このブロンズ立像『丘の上のクラーク』を手掛けたのは、北海道旭川市出身の高名な彫刻家・坂坦道(さか たんどう)氏です。坂氏は制作にあたり、単にクラーク博士の肖像を再現するにとどまらず、博士が説いた「Boys, be ambitious」のフロンティア精神を視覚化することに心血を注ぎました。坂氏自身が生前に遺した言葉によると、あの右手が指し示しているのは特定の地理的な方角ではなく、「遥か彼方にある永遠の真理に向かって大志を抱け」という抽象的かつ崇高な理念です。
また、構図の視覚的効果も綿密に計算されています。羊ヶ丘展望台の広大な石狩平野と札幌市街のパノラマを借景にしたとき、博士の右腕が青空に向かって伸びる直線が、鑑賞者の視線を自然と地平線の彼方へと誘導する設計になっています。銅像そのものの高さは2.85メートル、台座を含めると約4メートルにも達し、風雪に耐える力強い前傾姿勢が、見る者に挑戦への勇気と高揚感を与えるのです。

【徹底比較】羊ヶ丘展望台と北海道大学のクラーク像|歴史と見どころの違い
札幌観光を計画する際、多くの旅行者が直面するのが「クラーク像はどこで見られるのか」という疑問です。札幌市内にはクラーク博士を称える彫刻が複数存在しますが、代表的なものは「さっぽろ羊ヶ丘展望台」の全身立像と、「北海道大学構内」の胸像の2つです。両者は設置された年代、制作意図、そして漂う雰囲気がまったく異なります。
| 比較項目 | さっぽろ羊ヶ丘展望台(立像) | 北海道大学構内(胸像) |
|---|---|---|
| 作品名・形状 | 『丘の上のクラーク』(全身立像) | 『ウィリアム・S・クラーク胸像』(胸像) |
| 建立年・制作者 | 1976年(昭和51年) / 坂坦道 氏 | 1926年(大正15年) / 田島憲治 氏(現像は1948年再建) |
| 設置の趣旨 | クラーク来道100年記念・観光シンボル化 | 札幌農学校創立50周年記念・学術精神の継承 |
| ロケーション | 札幌市豊平区羊ケ丘(牧歌的な丘陵地) | 札幌市北区・北大キャンパス(古河記念講堂前) |
| 入場料・見学環境 | 有料(大人600円) / 観光施設として整備 | 無料 / 大学の教育研究キャンパス内 |
| 主な客層・雰囲気 | 観光客・ツアー客多数。写真撮影に最適 | 学生・研究者・静かに散策したい歴史ファン |
北海道大学の胸像は、札幌農学校の創立50周年を記念して1926年に建立された極めて歴史あるものです。太平洋戦争中の金属供出によって一度は姿を消したものの、終戦後の1948年に初代と同じ彫刻家・加藤顕清氏の手で再建されました。深い緑に囲まれた厳かな胸像は、学舎の発展を静かに見守り続ける教育者としての威厳を色濃く残しています。
一方、私たちが「札幌観光の写真」として思い浮かべる右手を伸ばした姿は、羊ヶ丘展望台にある1976年建立の立像です。目的や趣がまるで異なるため、旅のスタイルに応じて訪れる場所を選択することが重要になります。
【誕生の真相】なぜ羊ヶ丘に全身像が?観光公害が生んだ札幌のシンボル
羊ヶ丘展望台に立像が作られた背景には、昭和40年代に札幌を襲った意外な「観光公害問題」が存在します。当時、クラーク博士の像といえば北海道大学構内の胸像しか存在しませんでした。
1972年の札幌冬季オリンピック開催前後から北海道観光ブームが巻き起こり、北大のポプラ並木とクラーク胸像を目当てに、連日数十台もの大型観光バスがキャンパス内へ乗り入れる事態が発生しました。静寂が求められる大学構内は観光客の喧騒や排気ガスで溢れかえり、講義や学術研究に深刻な支障をきたすようになったのです。
事態を重く見た北海道大学当局は、1973年(昭和48年)にキャンパス内への観光バス乗り入れを全面禁止する苦渋の決断を下しました。しかし、クラーク博士の精神と雄姿に触れたいという全国の観光客の需要は衰えません。そこで1976年、クラーク博士の来道100周年を記念する契機に合わせ、札幌市街を一望できる景勝地であった「羊ヶ丘展望台」に新たな全身立像を建立するプロジェクトが立ち上がりました。
戦前は国の月寒種羊場、戦後は北海道農業試験場として利用されていた羊ヶ丘の地に、北海道開拓のシンボルとして堂々たる立像が完成。観光客を学術の場から景勝地へと自然に誘導し、結果として札幌を代表する超一級の観光名所が誕生することとなったのです。

【知られざる歴史】滞在わずか8ヶ月|クラーク博士の経歴と「大志」の真実
北海道開拓の父として神格化されているウィリアム・スミス・クラーク博士ですが、その経歴と日本での実態には多くの意外な事実があります。最も驚くべき事実は、博士が札幌農学校の初代教頭として札幌に滞在した期間は「1876年7月から1877年4月までのわずか8か月半」に過ぎないという点です。
マサチューセッツ農科大学の初代学長を務めていたクラーク博士は、明治政府の招聘を受けて来日しました。着任時の肩書が「校長」ではなく「教頭」であったのは、当時の札幌農学校の校長職には日本人が就く規定になっていたためですが、実質的な教育プログラムと学校運営の全権を握っていました。
博士が残した教育的規律は「紳士たれ(Be gentleman)」という極めて簡潔な一言のみ。細かな校則で縛るのではなく、学生一人ひとりの自律心とキリスト教精神に基づく道徳観を育て上げました。その薫陶を受けた1期生・2期生からは、後に新渡戸稲造や内村鑑三といった近代日本を代表する思想家・知識人が輩出されることになります。
そして1877年4月16日、帰国の途につく博士が島松駅逓所(現・北広島市)で馬上の人となり、見送りに駆けつけた教え子たちへ残した別れの言葉があの有名な一節です。
「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」というフレーズには、実は省略されがちな続きの文章が存在します。
「Boys, be ambitious not for money or for that selfish aggrandizement, not for that evanescent thing which men call fame. Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.」
(少年よ、大志を抱け。金銭や利己的な栄達のためではなく、名声という儚いもののためにでもなく。人間としてあるべきすべてのものを成し遂げるために、大志を抱け。)
私欲や立身出世のための野心ではなく、人道と真理のために生きよという崇高な遺訓こそが、150年近く経過した現在も人々の心を揺さぶり続ける本質と言えます。
【実態検証】現地取材で見えたリアルな満足度と写真撮影のコツ
羊ヶ丘展望台のクラーク博士像を訪れる旅行者の間では、SNSや口コミサイトを中心に様々な感想が飛び交っています。現地のリアルな体験価値と、後悔しないための撮影テクニックを整理しました。
展望台の現地では、博士と同じポーズをとって記念撮影をする観光客の列が絶えません。台座の足元には「大志の誓い」を投函できるポストが設置されており、1枚100円で購入した用紙に自らの夢や誓いを書き込んで投函すると、羊ヶ丘展望台が大切に保管してくれます。数年後や数十年後に再訪した際、過去の自分の決意と再会できるユニークな仕組みが好評を博しています。
一方で、旅行者のリアルな声として「天候による満足度の差が大きい」という点が挙げられます。羊ヶ丘展望台は遮るもののない高台にあるため、快晴の日には札幌ドーム(大和ハウス プレミストドーム)や遠く石狩湾まで見渡せる絶景が広がりますが、悪天候時や強風時は長時間の滞在が難しくなります。
【プロの結論】旅の目的別|羊ヶ丘展望台と北大キャンパスの選び方
札幌観光においてクラーク博士像を訪れる際は、旅の目的とスケジュールに応じて目的地を明確に分けるのが賢明です。
- さっぽろ羊ヶ丘展望台が向いている人:
- 「あの有名なポーズ」で記念写真を撮りたい人
- ジンギスカンや北海道ソフトクリームなどの名物グルメを施設内で楽しみたい人
- 札幌の雄大なパノラマ景色と羊の放牧風景を一箇所で味わいたい人
- 北海道大学構内が向いている人:
- 明治・大正期の歴史的建造物や歴史の重みを肌で感じたい人
- 緑豊かなキャンパス(ポプラ並木やイチョウ並木)を静かに散策したい人
- JR札幌駅から徒歩圏内で手軽に歴史探訪を行いたい人

【アクセス・料金完全ガイド】羊ヶ丘展望台と北大の巡り方
2つのクラーク像をスムーズに巡るための具体的なアクセス方法と利用料金をまとめました。
さっぽろ羊ヶ丘展望台の基本情報
- 住所:北海道札幌市豊平区羊ケ丘1番地
- 営業時間:午前9:00〜午後5:00(季節・イベントにより変動あり)
- 入場料:大人 600円 / 小中学生 300円 / 未就学児 無料
- アクセス:
- 地下鉄東豊線「福住駅」より中央バス(福84番)に乗車、約10分「羊ヶ丘展望台」下車すぐ
- 札幌駅前バスターミナル等から季節運行の直通バスあり
- 車利用の場合、札幌中心部から約30分(大型無料駐車場完備)
北海道大学クラーク胸像の基本情報
- 住所:北海道札幌市北区北8条西5丁目(古河記念講堂前)
- 見学時間:構内立ち入り自由(日中の散策を推奨)
- 料金:無料
- アクセス:JR「札幌駅」北口より徒歩約7分、地下鉄南北線「北12条駅」より徒歩約5分
- 注意点:教育・研究機関のため、構内での大声での会話や講義棟への無断立ち入りは厳禁です。
【クラーク博士像】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:クラーク博士像の右手は何を指差しているのですか?
A1:特定の場所や方角ではなく、制作者である彫刻家・坂坦道氏の意図により「遥か彼方にある永遠の真理」を指し示しています。「少年よ、大志を抱け」の精神を視覚化したものです。
Q2:有名な全身のクラーク像は北海道大学にあるのですか?
A2:いいえ。右手を掲げた有名な全身立像があるのは「さっぽろ羊ヶ丘展望台」です。北海道大学構内にあるのは厳かな「胸像」ですので、訪問先を間違えないようご注意ください。
Q3:クラーク博士はなぜ日本でこれほど尊敬されているのですか?
A3:札幌農学校の初代教頭として滞在したのは8か月半という短期間でしたが、「紳士たれ」の精神のもと、内村鑑三や新渡戸稲造をはじめとする近代日本の発展を牽引した優秀な指導者たちを育て上げた高い教育功績が評価されているためです。
Q4:羊ヶ丘展望台と北海道大学の両方を1日で巡ることは可能ですか?
A4:十分に可能です。午前中にJR札幌駅近くの北海道大学を散策し、午後から地下鉄と路線バスを利用して羊ヶ丘展望台へ向かうルートをとれば、2つの異なるクラーク像の歴史と魅力を半日で存分に体感できます。
まとめ:札幌の歴史と大志を五感で味わう旅へ
札幌の空に掲げられたクラーク博士の右手には、単なる観光記念碑を超えた「真理への探求」と「開拓者精神」のメッセージが込められています。かつて北大構内の観光過熱から生まれた羊ヶ丘展望台の立像、そして静かに学舎を見守り続ける北大の胸像。それぞれが歩んできた歴史的背景を知ることで、目の前に立つ銅像の表情も一味違って見えてくるはずです。
北海道の大地を訪れる際は、ぜひ両方の像が放つそれぞれの歴史の息吹を感じ取り、クラーク博士が遺した「真の大志」に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。 (出典: クラーク 博士 像(Yahoo!ニュース))